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大阪高等裁判所 昭和63年(う)974号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人下村忠利作成の控訴趣意書記載のとおりであり、それに対する答弁は、検察官和田博作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、差戻し前の控訴審判決が、検察官において警察官による違法な取調べの影響から被告人を脱却させるための特段の措置を講じていない以上、検察官に対する供述調書はその証拠能力を否定すべきである旨判示しているにもかかわらず、差戻後の原判決は、その摘示の事情の下に被告人の検察官に対する供述調書の任意性を肯定したが、それらの事情は警察官による違法な取調べの影響を遮断するものではないから、原判決がその証拠能力を認めたのは、訴訟手続の法令違反である、というのである。

そこで、所論及び答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

記録によれば、差戻前の控訴審判決は、逮捕前の被告人に対する警察官の取調べが、派出所や警察署内に被告人を留め置き徹夜で取調べを続けたもので、任意捜査として許される限度を逸脱した違法なものであるから、検察官において警察官による右のような違法な取調べの影響から脱却させるための特段の措置を講じていない以上、検察官に対する供述調書の証拠能力も否定されるべきであるところ、記録によれば右の特段の事情は認められず、現在の証拠関係に照らす限り、右検察官に対する供述調書の証拠能力は否定すべきであるから、同調書を含めて捜査段階での被告人の自白調書の証拠能力をすべて肯定した差戻前の一審判決には訴訟手続の法令違反があるとして、同判決を破棄し、なお右検察官に対する供述調書の証拠能力の存否等について審理を尽くさせるため、本件を原裁判所に差し戻したものであり、それを受けて原裁判所は、否告人の取調べに当たった検察官に対する証人尋問等新たな証拠調べを行った上、原判決中において、いくつかの事情を認定して、検察官による五月一五日の取調べの時には、もはや警察での違法な取調べの影響は及んでおらず、これから遮断された状況にあったものと認められ、右取調べ時の供述の任意性に疑いを抱かせるものは見当たらないとして、検察官に対する供述調書の任意性を肯定したことが認められる。そして、原判決が、検察官による取調べの時には警察での違法な取調べの影響が遮断された状況にあったと認める事由として認定した事情のうち、被告人が身体を拘束された時から四八時間内である五月一一日午後警察での被告人に対する捜査は修了し、被告人は、いわゆる送り込み事件として身柄付きですべての書類及び証拠物とともに検察官に送致され、その後検察官による弁解録取を受けた際警察での取調べについて訴えるようなことはなかったこと、同月一二日拘置所に勾留され、その後は警察官が来て取調べをするようなことはなく、被告人は同所内で本を読むなどして過ごしていたこと、同月一五日検察官による取調べを受けた際も被告人から警察の取調べについて訴えるようなことはなく、取調べはスムーズに行われ、その押送にも拘置所職員が当たっていたことの各事実は、差戻前の控訴審段階までに取調べられた証拠によってはいまだ認められなかったもので、差戻後の原審において取調べられた証拠により新たに認定できる事実であり、それら事実は、警察での違法な取調べの影響を遮断し、右五月一五日に作成された検察官に対する供述調書の任意性に対する疑いを払拭するに足りる事情と認められる。そうすると、差戻後の原審が、右の各事実及びその他の原審記録上認められる諸事情を総合勘案し、右五月一五日に作成された被告人の検察官に対する供述調書の任意性を肯定したことは、これを是認することができる。

なお、所論は、原判決が認定する前記事実のうち、被告人が拘置所内で本を読んで過ごしたとの点は事実に反すると主張するが、拘置所で本を読んで過ごしたことは被告人自ら進んで原審公判で供述したことであって、当審での事実取調べの結果によってもその供述を否定すべき事情も見当たらないのみならず、被告人の当審公判廷での供述によれば、拘置所内では警察での徹夜による取調べの影響は残存しないと窺えるような過ごし方をしていたことが認められる。このように原判決が認定するように本を読んで過ごしていたことも含めて、五月一五日の検察官による取調べまでの三日間の拘置所内での生活は警察での取調べの影響がもはや及んでいないことを示すものであるから、原判決が拘置所内での本を読む等の過ごし方を一つの事情として、検察官による取調べには警察の取調べの影響がないことを認めたことに不当はない。

その他所論の主張するところをつぶさに検討しても、被告人の検察官に対する供述調書の任意性を肯定した原審に訴訟手続きの法令違反はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は被告人がウイスキー一本を窃取したと認定しているが、被告人は放置されてあったウイスキーを拾得したに過ぎないから、原判決は事実誤認を犯している、というのである。

しかしながら、原判決挙示の各証拠によれば、原判決認定の被告人によるウイスキー窃取の事実は優にこれを肯認することができ、所論及び答弁にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決に事実誤認があるとは考えられない。

所論は、被告人の検察官に対する供述調書の信用性を問題とするが、被告人の取調べに当たった検察官の原審証言に照らしても、その信用性は十分肯定できるところであり、また被告人に対する勾留質問調書も、被告人が自ら任意に本件窃盗の事実を認めたものとして信用性があるということができる。それに対し、本件ウイスキーは放置されていたものを拾得したものであるとの被告人の起訴後の公判廷での弁解は、その放置されていたという場所を含め種々の点で変転し、到底真実を述べているものとは解されず、容易に信用できないといわざるを得ない。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は、被告人を懲役二年一〇月に処した原判決の量刑は不当に重すぎる、というのである。

しかしながら、記録及び当審における事実取調べの結果によって検討すると、被告人は昭和四一年以来、窃盗により五回、常習累犯窃盗により二回それぞれ懲役刑に処せられ、最初の刑を除いていずれも服役しており、本件もその最終刑終了からひと月にも満たないうちに犯したもので、その窃盗癖は根強いものであることからすれば、本件被害額は小額であること等被告人のため酌むべき事情を含め諸般の情状を斟酌しても、原判決の前記量刑はやむを得ないというべきである。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 髙橋通延 松浦繁)

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